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東京高等裁判所 昭和33年(う)1449号 判決

控訴人 被告人 洪泳祚

弁護人 小林信夫

検察官 沢田隆義

主文

原判決中被告人洪泳祚に関する部分を破棄する。

被告人に対しては刑を免除する。

理由

本件控訴の趣意は被告人並びに弁護人小林信夫各提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

各論旨第二点について。

所論は、被告人は窃盗本犯で同居の実兄である洪重男から依頼されて判示自動車を運搬したのであるから、たとえ被告人が該自動車の賍物であることを知つていたとしても、被告人に対しては、刑法第二百五十七条第一項を適用して刑を免除すべきであるにかかわらず、原審が同法条項の適用を看過して刑の言渡しをしたのは、基本たる事実に対する審理不尽か或いは法令の適用を誤つたものであると主張する。そこで記録を精査し、且つ当審における事実の取調の結果に徴し、この点につき審按するに、洪重男、兼坂佳二、大沢利夫、長谷川正芳が共謀の上判示自動車を窃取したものであること、被告人が右共犯者の一人である実兄洪重男の依頼により右自動車を運搬するに至つたことは証拠上明白であり、被告人の知情の点については、叙上論旨第一点に対する説示のとおり、これを認め得るのであるから、判示日頃被告人が洪重男と同居していたとすれば、所論のように、前記法条項を適用するのが当然であり(昭和二三年五月六日最高裁判所第一小法廷判決参照)、その当時被告人と洪重男とが同居の関係にあつたか否かが、所論の当否を決する唯一の問題点となるのである。

ところで刑法第二百五十七条第一項の法意は、これに規定するような身分関係のある者の間で行われる賍物に関する行為でも本来その犯罪の成立を阻却するいわれはないが、しかし、これらの者の間に同条項所定の行為が行われることは、人情上あながち無理からぬ一面もあるので、その情義を無視してこれを処罰するのは、いささか酷であるとしてその刑を免除するのを適当としたものと解せられるのであつて、右の如き法意に照せば、同条項にいわゆる同居とは、同一家計の下に居を定めて日常生活を共にしている場合を指称するものと解するを相当とするところ、本件記録及び当審における事実の取調の結果によれば、被告人は、本件犯行当時、その内妻まり子と共に、大阪市北区中崎町四十三番地の父洪庚金母陳竜阿の住居たる同一家屋に、父母の主宰する家計に服して、右父母、兄洪重男及びその妻子、妹貞淑、弟秀男等と日常生活を共にしていたものと認められるから、被告人と洪重男とは同居の親族の関係にあつたものというべきである。すなわち当審における検証調書、証人洪重男、同洪庚金、同中節子、同中美代子、同福田辰造の各尋問調書を総合考察すれば、本件犯行当時、被告人及びその実兄洪重男が共に居を定めていた大阪市北区中崎町四十三番地の家屋は、大韓民国居留民団大阪府総本部附属の瓦葺レンガ造り建物の一部を仕切つたもので、間口(南北)約六間奥行(東西)約四間半の旧食堂の部分と間口(南北)約二間奥行(東西)約二間半の旧ボイラー室の部分とよりなり、右旧食堂の北側に旧ボイラー室がレンガにコンクリートをかぶせた厚さ約一尺の障壁を境として相接し、旧食堂の西側北端寄りの幅一間の部分及び旧ボイラー室の西側南端寄りの幅半間の部分が各室の表出入口となり、別に旧食堂の部分の東南隅に東西半間の裏出入口がある外、旧食堂の西南の両面及び旧ボイラー室の東西北の三面が前記同様の厚さ約一尺の障壁により、又旧食堂の東面が板仕切りによつて囲繞され、又本件当時には、両室の境にある前記障壁の中間よりやや東寄りに幅三尺高さ六尺八寸の通路が存したこと(当審検証当時はベニヤ板をもつて閉鎖していた)、更に両室の内部は、それぞれコンクリート土間の上に、旧食堂の部分には、本件当時、木造バラツク式の八畳二室が南北に並んで造作され、北側八畳室の東側に同式の四畳室が設けられ、右三室はいわゆる鍵の手に接続し、各室の境は襖によつて区切られ(当審検証当時は多少の造作替がなされていた)、他面旧ボイラー室には北寄りに同式の八畳一室が造作され、旧食堂の北側及び西側はいわゆる鍵の手に細長くコンクリート土間のまま、又旧ボイラー室南側も東西に細長く同様の土間のまま残り、旧食堂の西側障壁に浴うて細長く流し及び炊事台が設置され、又旧ボイラ室南側障壁の中央よりやや西寄りに水槽が存すること、本件当時、被告人はその内妻と共に旧ボイラー室の八畳室に起居し、旧食堂の南側八畳室には被告人の両親洪庚金夫婦が、同四畳室には被告人の弟妹が、同北側八畳室には被告人の兄洪重男夫婦及びその子供二人が、それぞれ起居していたこと前記の者等は洪庚金を世帯主として一世帯を構成し、その家計は被告人の母陳竜阿が握り、炊事食事は全員共同であつたこと、主要食糧の配給も一世帯として一括して受けていたことを認め得るのであつて、これら一連の事実に照せば、本件犯行当時被告人と兄洪重男とは、前記の如く、同一の家計の下に居を定めて日常生活を共にしていたもの、すなわち、同居していたものであると認めるのが相当である。被告人夫婦の居室と洪重男夫婦の居室との間に前記の如き障壁の存在した事実は、右障壁に前記の如き通路があり、又表出入口も相接し、右両者を通じて被告人等が互に容易に往来し得た事蹟に徴すると、前記認定の妨げとなるものではない。

もつとも、記録によれば、昭和三十一年八月二日附洪重男に対する保釈許可決定による制限住居が東京都品川区平塚四丁目二十七番地大沢利夫方となり、同年十月十一日附をもつて同人が右住居を同都葛飾区本田立石町三百五十番地兼坂洋子方に変更する旨の届が裁判所宛に提出されており、又洪重男に対する同年十二月十四日附勾留状、同日附起訴状、同月十三日附検察官面前調書では、同人の住居が同都大田区田園調布一丁目中美代子方となつているが、前記保釈関係の制限住居は、それぞれ窃盗仲間である大沢利夫、兼坂佳二の住居であつて、洪重男が右場所で生活した形跡のないことから考え、保釈請求の便宜のため裁判所に届けられた形式上のものと認むる外なく、又前記勾留状、起訴状並びに調書による東京の住居について検討するに、同様記録に現われた洪重男に対する同年十二月八日附及び同月二十六日附各勾留状、同年七月十六日附、同年九月十三日附、同年十二月二十六日附、昭和三十二年一月十日附、同月二十一日附、同月二十三日附及び同年二月二十日附各起訴状、昭和三十一年十二月六日附、同月十四日附、同月二十日附、同月二十四日附、同三十二年一月十六日附及び同月二十九日附各司法警察員面前調書、同三十一年八月三十日附検察官面前調書並びに原審判決書等には、大阪の前記場所がその住居として記載されているばかりでなく、記録に現われた各般の証拠並びに当審における洪重男、洪庚金、中節子、進シズ、佐久間芳太郎の各証人尋問調書、進貢の公判廷の供述を総合考察すれば、洪重男は、昭和三十一年一月二十三日(五月十四日保釈)、同年六月二十五日(八月二日保釈)、同年十二月五日の三回に亘り、賍物故買、窃盗等の被疑事実により東京都内で検挙、次いでそれぞれ起訴され、本件は同人の第二回検挙後の保釈中発生したものであるが、同人は、昭和三十年秋頃から兼坂佳二、大沢利夫、長谷川正芳等と共に集団的常習的に、東京附近で自動車を窃取し又は買入れて大阪に運搬し、修理又は改装の上売却して前記家計費の資としていた関係から月の半位は東京に滞在し、これがため初めは旅館を利用し、後には一戸を借り受け、本件の数日前から東京都大田区田園調布一丁目四番地進貢方の三室を賃借していたもので、その後昭和三十一年十月末或いは十一月初めから同年十二月五日第三回検挙に至るまで約一カ月間妻中節子及び小学校在学中の子供二人が上京して右借室に同居したことがあるが、もとより外国人登録、主要食糧配給及び子供の転校に関する諸手続がなされた形跡もなく、世帯道具の如きも、仮住居に相応わしい最少限度のものが搬入使用されたに過ぎず、洪重男夫妻として東京に生活の本拠を移す意思もなく、旅館宿泊の場合に比し経費が安い等の配慮から、右場所を賃借使用していたことを認め得るのであつて、以上の経緯に徴すれば、洪重男が生活の中心を東京に置き、前記父母兄弟又は妻子と日常生活を別にしていたとは認め難いから、前記勾留状等に記載された東京の住居は前記同居に関する認定を左右するものではなく、又前記の如く、洪重男が月の半位東京に滞在し、特に進貢方に或る期間借間し妻子と共に生活していた事実も右認定の妨げとなるものではない。

叙上説明により認め得る如く、被告人は判示のとおり、窃盗本犯の一人である同居の親族洪重男から依頼され判示自動車をその賍物であることの情を知りながら運搬したというのであるから、本件は正に刑法第二百五十七条第一項の場合に該当するものというべきである。しかるに原判決は右同居関係の有無につき審理を尽さず、ひいてこの点に関する法令の適用を看過したものであり、この過誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中被告人洪泳祚に関する部分はこの点において破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書に則り原判決を破棄した上当裁判所において自判することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三十一年九月十七日頃東京都大田区所在多摩川丸子橋附近道路上において、同居の親族たる洪重男より同人外三名が窃取した一九五四年フオード普通乗用自動車一台の運搬方を依頼され、その賍物であることを知りながらこれを承諾し、同所より大阪市北区中崎町四十三番地まで運転輸送し、もつて賍物の運搬をなしたものである。

(証拠の標目)

一、原判決が原判示第七の(一)及び第十二についての対応証拠として挙示した証拠全部

一、当審証人進貢の供述

一、当審における進シズ、佐久間芳太郎、洪重男、洪庚金、中節子、中美代子、福田辰造の各証人尋問調書

一、当審受命判事による検証調書

を総合して認める。

(確定裁判の存在)

原判決の該当部分を引用する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二百五十六条第二項罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するところ、右は前示確定裁判のあつた罪と刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるので、同法第五十条に従い未だ裁判を経ない判示の罪につき処断すべきであるが、判示の如く、被告人は窃盗本犯であり且つ賍物運搬依頼者である洪重男と同居の親族であるから、同法第二百五十七条第一項刑事訴訟法第三百三十四条に則り、被告人に対してはその刑を免除することとし、主文のとおり判決する。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 司波実)

弁護人小林信夫の控訴趣意

第二点原判決は、審理を十分に尽さないで、刑法第二五七条を看過して判決を為した。これは審理不尽の譏があり、かかる審理不尽は原判決に影響を及ぼすこと明らかであつて、とうてい原判決破棄の理由たる違法は免れ得ないものである。

仮りに右第一点の知情なき点が採用されないとしても刑法第二五七条に所謂身分関係とは、賍物罪の犯人(本件における被告人)と、財物の領得罪の本犯との間に存することを要するとするのは判例ならびに学説の支持する処である。(大判昭和八・三・二四集十二巻三〇五頁、大正三・一・二一録二〇巻四一頁)そこで本件における原判決引用の証拠並びに、原審に現われたる各証拠に照して検討すると、被告人は本犯の共犯者たる清水重男こと洪重男と実兄弟なることは明らかである。(被告人並びに洪重男の原審第七回公判期日における各供述および各人の警察調書、兼坂佳二の昭和三十一年十二月二十三日付警察調書参照)而して、本件における本犯は被告人の実兄たる洪重男他、兼坂、長谷川、大沢等の共同正犯である。刑法第二五七条第二項の規定に依ると「親族ニ非サル共犯ニ付テハ前項(同条第一項……賍物罪における親族間の犯罪)ノ例ヲ用ヒズ」と規定して、親族関係のない賍物罪の共犯者に対しては、同第二五七条の適用は排除されている。これによつて明らかな如く窃盗本犯の共犯者中に、賍物罪の犯人と刑法第二五七条第一項所定の関係に立つ者がいても、その者が賍物罪に関与していない場合には、賍物罪の犯人に対し同条項を適用して刑は免除さるべきものではない。(最判昭和二三・五・六集二巻五号四七三頁)ここで注目すべきは、原判決引用の証拠並びに原審に現われた各証拠を詳細に検討すると、(1) 被告人は本犯たる洪重男と実兄弟であること、(2) 被告人は共同正犯たる本犯者中より洪重男から本件自動車の大阪迄の運搬を懇請されたことが明らかなことである。そこで、このことを前提各判例に照合すること、刑法第二五七条による「賍物犯ニオケル親族犯ノ刑ノ免除」の規定の考慮さるべきことが、一目瞭然とすることである。而して、さかのぼつて、前述各証拠に従うと、被告人の実兄たる洪重男が、本件の賍物たる自動車の運搬について、直接且つ単独に被告人に関与したものである。(本件における本犯たる原判決中第七項の(一)の共犯者中に被告人の実兄たる洪重男あり且つ洪重男が特に、その賍物罪たる本件自動車の運搬に関与したものである。)以上の如く、本件における賍物たる自動車の運搬には、刑法第二五七条の規定が適用さるべきものである。唯、ここで問題となるのは、同条における親族は「同居の親族」でなければならないことである。被告人は、本件の時東京都大田区田園調布一の四の一〇、進貢方に宿泊していた。同所は、被告人の実兄たる洪重男の宿泊先であつた。尚洪重男は自動車の所謂ブローカーであつたので度々上京する必要上、同所を仮の宿泊先としており、被告人が大阪から第一点指定の如く自動車の取戻しに上京した折に、便宜上宿泊したに過ぎない。而して被告人の住所は、大阪市北区中崎町四三であり、同時に同所は被告人の実兄たる洪重男の住所でもあり、被告人は実兄たる洪重男と同居の関係にあるものである。(繰り返し述べるが、前掲都内大田区田園調布一の四の一〇進貢方は、自動車ブローカーたる洪重男の上京の折の仮の宿泊先に過ぎない。)このことは被告人および洪重男の外人登録、自動車免許証並びに右大阪市北区中崎町四三を調査すれば、同所には被告人ならびに洪重男の父母、妹、弟および被告人の妻、実兄たる洪重男の妻が同居していることからみても一目瞭然であり、遅ればせながら本審において同居の証明として主張し且つ立証する処である。遺憾乍ら、右刑法第二五七条の「同居の親族」関係の存否は、原審においては当事者より全く主張されていないことである。然しながら、原判決引用の証拠並びに原審に顕れた各証拠に照して検討すると、原審においては被告人並びに洪重男が兄弟であることは明らかにされている。すると当事者より「同居の親族」関係の存否の主張がなかつたとしても、本件における、被告人の判示第十二の所為は賍物運搬罪であること、被告人と本犯たる洪重男は兄弟であることが明らかにされている以上、刑法第二五七条第一項の親族関係の存否を疑わしめるに足る特別の事情が存するとみて、本件の審理にあたつては当然同条項を念頭に審理されねばならない。(最判昭和二三・一二・二七集二巻一四号一、九五九頁)

(その他の控訴趣意は省略する。)

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